岩井克人『貨幣論』

経済学者岩井克人マルクス資本論』の価値形態論を参照しつつ、「貨幣とは何か」という命題の答えに迫っていく。「批評空間」での連載をまとめた本。
一週間くらい前に読み始めたのだけど、途中部分的に読み返したり、資本論について調べていたりしたら結構時間がかかってしまった。しかしその分理解は深まったと思う。
論旨は明快で淀みがないし、貨幣の謎に対しての決定的(少なくとも僕はそう感じた)な解答が提出されているので、どなたも読んでみて絶対に損はないはず。ぜひぜひ。
この本の白眉はやはり「貨幣はなぜ貨幣として通用するのか」という問いを突き詰めていく第一章だろう。貨幣商品説vs貨幣法制説という古典的な対立を越えて、岩井は全く別の角度から(あるいは次元から)この問いに解答を与える。岩井の解答とは一言で言うと「貨幣が貨幣として通用するのは、貨幣として通用しているから」であり、それ意外に理由はない、というものである。

ほかのすべての商品が貨幣に直接的な交換可能性をあたえているから、貨幣はほかのすべての商品に直接的な交換可能性をあたえ、貨幣がほかのすべての商品に直接的な交換可能性をあたえているから、ほかのすべての商品は貨幣に直接的な交換可能性をあたえ……ているのである。
すなわち、ほかのすべての商品が貨幣に直接的な交換可能性をあたえていることと、貨幣がほかのすべての商品に直接的な交換可能性をあたえていることとは、おたがいがおたがいの根拠となっているまさに宙づり的な関係になっている。

つまり、貨幣とは自らが貨幣であることの根拠を無限の循環論法に置くことによって成立しているのだ。「貨幣とは何か」という問いに対しては、「貨幣とは貨幣として通用しているものである」という答え以外に、正しい答えはない。
この第一章で得られた考察から、恐慌や、さらに本質的な危機であるハイパー・インフレーションの可能性が資本主義世界にとって構造的必然として常に付きまとうことなどを説明した第4章及び第5章も、後期資本主義経済の失敗をまさに目の当たりにしている今日だからこそ、読んでおくべきだと感じた。
経済学理論はなんとなく面白くなさそうだと考えていて今までほとんど触れてこなかったのだが、この本を読んで考えが変わった。目からうろこが落ちたというか。少なくともケインズマルクス、アダムスミスあたりは最低でも読んでおかなければね。

貨幣論 (ちくま学芸文庫)

貨幣論 (ちくま学芸文庫)