円城塔「後藤さんのこと」

後藤さんのこと (想像力の文学)
表題作「後藤さんのこと」をはじめ、「ガベージコレクション」や「墓標天球」など6編からなる短編集。
卒論の息抜きに、と買ったのだが、「息抜き」に円城塔を読もうというのはあまり理性的な判断だとは言えないということに読み出してから気づいた。読みにくいのだ。リーダビリティがかなり低い。読むのに頭を使う。読んでいて疲れる。そのことは、文芸誌や思想地図で読んでいたのだから知っていたのに忘れていた。「デリダの息抜きにラカンでも読もうかな」とか言ってるのとおんなじようなものだ。もしそんなやつを見かけたら全力で止める。それが倫理というものだからだ。だがもう買ってしまったものは仕方ないので頑張って読む。読みにくい。
しかしその「読みにくさ」こそがいくつかの短編では面白さの中核をなしている。自己に言及し、そして読者に言及し、絶えずオブジェクトとメタを混ぜっ返すことでそのどちらともつかないところに自らを、そして読者を置いている。その複雑な構造、意味不明に論理的な文体によって負荷がかかりしびれた頭で読み進めていくテクストは、読者の目の前で変質し、瓦解し、消失し、そして再出現し、再構成し、昇華する。これこそが円城マジックとでも言うべきものであり、円城塔が大勢とはいえないとはいえ(読者を選ぶテクストなのだから仕方ない)熱心な読者を獲得できていることの大きな理由だろう。
「後藤さんのこと」は収録されている6編の中では「読みやすいほう」に属する短編なのだが、やはり「仕掛け」はあって、僕は久しぶりにゲシュタルト崩壊を体験した。やっぱり円城塔は素晴らしい。*1

*1:しかし現在も頭がしびれたようになっていて息抜きのはずが卒論ができなくなっているのには困ったもんだ