ジル・ドゥルーズ「管理社会について」

『記号と事件』に収められているドゥルーズの「追伸―管理社会について」を読んで考えよう!という楽しいレジュメ。

◇追伸―管理社会について


○「管理社会」 controlled societyとは?
p.349 フーコードゥルーズの権力の様態の3分類
1.君主型:〜中世に発達。公開処刑、身体刑。「殺す権力」。
2.規律型:近代〜発達。discipline規律訓練による個人の「主体」化。一望監視施設(パノプティコン)をその典型とするような、「監禁環境」での監視の視線の内在化=規律の内面化によって働く。生かす権力。
3.管理型:20世紀〜に発達し、今日ヘゲモニーを獲得しようとしている。「コミュニケーションをあやつる」、「開放環境で働く」etc.

○p.356~358 規律社会から管理社会へ
 今日は「あらゆる監禁の環境に危機が蔓延した時代」だとドゥルーズは言う。これはつまり規律訓練がうまく機能しなくなっているということ。例えば、監獄。もはや犯罪者の「更正」は以前ほど信じられていない。「更正」=規律を守れるように訓練すること。あるいは、学校。「常識」や「道徳」の教育の失敗。★「ゆとり世代」というワード
 規律訓練によって人は「主体」となる。自律する人間のモデル。しかし「ポストモダン」…「大きな物語の失効」(リオタール)と言われるように、そのようなモデルがうまくいかない。

○p.359〜364 規律社会と管理社会
「監禁は鋳型であり、個別的な鋳造作業であるわけだが、管理のほうが転調であり、刻一刻と変貌をくりかえす自己=変形型の鋳造作業に、あるいはその表面上のどの点をとるかによって網の目が変わる篩に似ている。」(p.359)
「人間は監禁される人間であることをやめ、借金を背負う人間となった」(p.364)
これはどういうことか?
 監禁の環境は独立変数。規律社会においては、個人は閉じられた環境から次の閉じられた環境に移行するわけだが、変わるごとに個人はリセットされる。その環境ごとにいちいち鋳型に入れられて鋳造される。「見せかけの放免」。
 対して管理社会にはリセットがない。「管理社会では何ひとつ終えることができない」。
「果てしない引き伸ばし」。個人は連続したものとして、ひとつの環境から次の環境へと移行していく。
 例えば、工場と企業における給与。工場は監禁環境。一律の給与、一律の能力、一律な個人。対して企業では、内部にも競争がある。能力を競わせ、より高い給与を目指させる。
違う会社に移っても、個人にスキルが蓄積している。★「キャリア」というワード

◎ところで…
 フーコーはいかにして国家は個々の人間の集まり=社会を運営していくかについて論じた。規律訓練と生政治。管理社会は後者が強い社会。

 規律社会は個々の人間を「鋳型」にはめる。集団を監禁環境におくことで同質化する。権力は同質な人間の群れを運営する。「権力は、個人の形成と群れの形成を同時に行っていたのだった(p.361)」
 個人は組織され、組織によって管理された。
 管理社会においてはどのように?⇒p.361
 p.361は個人的にこの「管理社会について」で一番重要だと思うところ。
「規律社会にはふたつの極がある。ひとつは個人を表示する署名であり、もうひとつは群れにおける位置を表示する数や登録番号である。」
「逆に、管理社会で重要になるのはもはや署名でも数でもなく、数字である。」
 ここはちょっとわかりにくい。どういうことか?
⇒規律社会の数や登録番号は“number”/管理社会の数字は“code”
「規律社会が指令の言葉によって調整されていたのにたいし、管理社会の数字は合言葉として機能する」
「管理の計数型言語は数字でできており、この数字があらわしているのは情報へのアクセスか、アクセスの拒絶である。」
「分割不可能だった個人(individuals)は分割によってその性質を変化させる「可分性」(dividuals)となり、」
 管理社会においては“固有”名+numberではない。個人は可分な性質の束となり、それぞれが暗号codeをもつ。このcodeによってある情報にアクセスできたりできなかったりする⇒“ゾーニング”“フィルタリング”
 
 規律社会は指令の言葉が重要で、それが権力だった(〜〜しなくてはならない、〜〜してはいけない)。まず個人の外部から、そして内在化する規律。
 管理社会は個人にcodeを与えて、領域を区切り、あとは個人の好きにやらせる。環境のデザインが権力の主な仕事に。“自由”、“リベラル”。

★最初に挙げた管理型権力の特徴「コミュニケーションをあやつる」というのは、コミュニケーション=交換のフィールドのデザインによって、ということがわかってくる。
ネオリベラリズムとか。市場の論理がうまく働くようにフィールドをデザインして、あとはプレイヤーに任せる。個々のプレイヤーは勝手にやってるだけなのに全体では経済成長。これも「コミュニケーションをあやつる」こと。ここらへんはフーコーの『安全・領土・人口』や『生政治の誕生』で論じられていることとかぶっている。


★「? プログラム」については都合により割愛。管理社会で具体的に起こることであろうことの例を並べている。ユビキタスRFID(Radio Frequency ID)を利用したセキュリティ。性犯罪者監視。予防医療。大学の変容。労働組合の無力化。自己啓発、キャリア教育の流行。恐ろしいほど精確に今日の社会で起きていることを予見している。